大判例

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東京高等裁判所 昭和27年(う)3618号 判決

被告人 中島熊吉

〔抄 録〕

論旨第二点及び第三点について。

按ずるに、原判決は、本件犯罪事実として、被告人は阿佐美秀三と共謀の上、昭和二十六年十月十九日群馬県利根郡水上町内の県道上で、戸板の上で「宝探し」と称して客を集め、桃色の菓子の丸玉十数箇をボール箱の中に入れ、別にその玉の中にボール紙の紙片の入つているもの一個を入れ、これが当り玉であつて、一回探すのに現金二百円を客から取り、当れば反物類を交付する方法で、先ずボール箱に空玉十数箇を入れ、次いで当り玉一個をこの中に落し、ボール箱を振つてからその中の空玉一個を拾い上げ「これが当り玉だ」と嘘をいつて再びこれをボール箱の中に落し、静かに振つて客をして右の空玉を当り玉の如く誤信させ、よつて起訴状添附の別表記載のとおり五名の者から合計三千五百円を交付させて、これを騙取したものである旨判示し、被告人が空玉一個を拾い上げ、「これが当り玉だ」と嘘をいつて再びこれをボール箱の中に落した事実を欺罔行為と認定しているのである しかしながら凡そ欺罔行為ということができるためには一般的に他人を錯誤に陥れるに足りる行為でなければならないところ、若し被告人の行つた「宝探し」と称するものが原判示のとおりのものであり、且つ被告人が実際空玉の中に原判示のように当り玉を落した上客をしてこれを探させたものとすれば、たとえ右のようにそのうちの空玉一個を拾い上げ、「これが当り玉だ」と嘘をいつて再びボール箱の中に落したからといつて、かような情況の下においては、これを客をしてその空玉を当り玉と誤信させるに足りる行為と認めることができるかどうか甚だ疑わしく、少くとも何等か他のより特殊な手段、方法又は情況が伴うのでなければいまだ欺罔行為があつたものと認めることはできないのである。従つて原判決が何等これらの点を明らかにしないで漫然前記のとおり判示し、直ちに被告人を詐欺罪に問擬したのは、畢竟欺罔行為でないものを欺罔行為と認めたか、又はその判示に欠けるところがあるものといわなければならないから、原判決には理由不備の違法がある。論旨は理由があり、原判決はこの点において破棄を免れない。

よつて弁護人のその余の論旨につき判断するまでもなく、刑事訴訟法第三百九十七条により原判決を破棄すべきところ、本件については、当審において起訴に係る訴因と公訴事実の同一性を害しないと認められる範囲内において訴因の変更があり、その変更になつた訴因に基き当審において直ちに判決をすることができると認めるから、更に次のとおり判決することとする。

被告人は阿佐美秀三外数名と共謀の上「宝探し」をさせると称して他より金員を騙取しようと企て、昭和二十六年十月十九日午後一時頃から午後三時四十分頃までの間、群馬県利根郡水上町大字湯原七百七番地先県道端において客を集め、ボール箱の蓋に桃色中空の菓子玉約十個を入れ、その中にボール紙の小紙片を入れた同様の菓子玉(当り玉)一個を入れて静かに揺り動かして混ぜ、客から当り玉を一回探す毎に現金二百円を受け取り、当り玉を探し当てたときは客に六百円相当の反物一反を呈するといつてその方法を説明し、実演の後、先ず右ボール箱の蓋に前記空玉十個位を入れた上、巧みに掌中で空玉を当り玉とすり替えてその中に落し、恰かもボール箱の蓋の中の空玉の中に当り玉を落したように装い、客をしてその旨誤信させ、因つて起訴状末尾添附の別表記載のとおり客である須藤カメジ外四名から一回一人につき二百円の遊戯料名義の下に現金合計三千五百円を交付させて、金員騙取の目的を遂げたものである。

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